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富士重工(スバル)のバイクについて

富士重工(スバル)のメーカーとしての特徴

日本だけでなく欧州で高い評価を得ている自動車メーカー「スバル」ですが、実はつい最近まで「富士重工業株式会社」という社名で営業してきた企業です。

創業は1917年と古く、2017年にちょうど創設100年という節目を迎えたことで国際的な企業として本格的に活動をするという意味で海外でて赤いブランド力を持つ「SUBARU」という名称に変更をしました。

この100周年に合わせて、自動車と別に存在していた産業機器関連の会社を自動車部門と統合をすることを決定しており、今後は社内一致の体制で営業をしていくことになります。

正式には2017年4月1日から社名変更手続きが完了しており、時を同じくして系列会社である富士テクノサービス株式会社がSUBARUテクノ株式会社となるようにいくつかの会社名が「SUBARU」ブランドを継承しています。

そんなスバルですが、もともとは航空機メーカーである中島飛行機という会社が前身になっています。
航空機製造会社として国内の航空機産業の中核を担い、国内初の旅客機であるYS-11生産するなど歴史的に大きな役割をしてきました。

しかし第二次大戦後はGHQにより国内の航空機産業が軒並み解散させられたことから四輪自動車の製造へと舵切りをします。

戦後のヒットとなったのが「スバル360」という軽自動車の開発で、当時としては非常に珍しかった大人4人が乗車できる自動車を一般向けに販売しました。
価格は成人月収の平均が数千円だった当時の物価で42万円とかなりの高額ではありましたが、他の自動車メーカーが100万円単位で販売していたことと比較するといかに画期的な製品であったかがわかります。

その後本格的に自動車製造を主力をすることになったスバルですが、技術面では「水平対向エンジン」という独自の規格を開発しています。
これはエンジンの重心を低くし、冷却をするための面積を大きくできるという多くのメリットがあるもので、飛行機エンジンを長年手がけてきたノウハウによって生み出されたものでした。

スバルの代表車種としてのバイク

自動車分野において高い知名度があるスバルですが、実は過去にバイクを製造していたこともあります。
富士重工時代である1946年に作られたもので、アメリカから輸入したバイクであるパウエル式スクーターをもとに国内向けに開発をした車種です。

戦後まもない時期ということもあり機動力のあるバイクは大変人気があり量産バイクとしてその後いくつかの車種が作られたのですが、のちに台頭した本田技研工業のスーパーカブにシェアを奪われる形で製造を中止しています。

現在では幻のレトロバイクといった位置づけになっていますが、中古市場ではいくつか状態のよいものも出回っており、現在のスクーターバイクと異なる可愛らしい見た目がファンに人気となっています。

Post Author: bikekozoo.com